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マリア・ファーラは、日常生活や記憶の断片から構築された情景を描く。彼女が切り取る瞬間は具体的でありながら、とらえどころのない浮遊感と広がりを感じさせる。余白を多く残したリネン生地に太い線で描かれる人物のシルエットや、かすれ・にじみといった多様な筆遣いは、日本で育ったファーラが培った東アジアの書道を彷彿とさせるものだ。
最近の画風には、新たな探求心が反映されている。色の重なりが増えるにつれ画面全体を覆うようになり、濃密で鮮やかな彼女の物語のトーンを決める。この新しい試みについてファーラは、技術、色彩、物語性、現実性といった観点において、東洋と西洋を行き来していると説明する。作家に最近の取り組みについてより詳しく話を聞いた。
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O: Covid-19のパンデミックが現在も進行中です。制作する上で、ニューノーマルに適応するために変えたことなどはありますか?
M: スタジオに行けない時は、家でできる小さなドローイングのシリーズを作っていました。私はパステルがいかに好きかという気持ちや、その手軽さと純粋な色を忘れていたことに気がつきました。ドローイングのうち何点かは、これまでで最大の絵の構図にもなりました。以前から「絵を計画する」という考え方自体は好きでしたが、計画通りにいった試しがないので、いつしか計画することを諦めていたのです。しかし今回はパステル画が自然と、大きな作品のための小さなモデルになりました。
単調な日々やネガティブ思考へのある種の抗議として、より明るい色を描きたくなったというのもパンデミックの影響だと思います。エキゾチックな場所に行くことができなくても、少なくとも色で旅できるという感覚があります。また、ニューノーマル下、オンラインで絵画を見るようになりました。最近はフェデリコ・バロッチの絵を見ていますが、驚くほどカラフルなんです。
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O: 作品に登場する人物は、背中を向けていたり、顔が隠れていたり、切り取られていたりすることが多いですよね。そのような要素が多くの作品に見られますが、キャラクターの匿名化は意識的にされているのでしょうか?
M: イメージというものは個人的であると同時に、普遍的であるべきだと思っています。生物学的には、私たちはどんなイメージよりも人間の顔に強く反応するため、直接的な眼差しは強力なものです。常にどちらのイメージにも関心を持っていますが、同じ普遍性を持つようになるには、どちらか一方が他方よりも長い時間がかかるように感じます。スタジオでは、ずっと前に描き始めたにもかかわらず、絵の外に直接視線を投げかける女性の作品にいまだに取り組んでいます。それは匿名のキャラクターとは違った新しいエネルギーを持っています。
O: あなたの作品では、ドレスや靴、お菓子やデザートなど、日常的なものを題材にしていることが多いですよね。これらの一見ありふれたものに焦点を当てることにやりがいを感じますか?
M: イエスでもあり、ノーでもあると思います。平凡なものを描くことは、簡単なことだと思い込んで傲慢になってしまうことが多いのですが、一方で新しい挑戦との出会いも多く、自分の知らないことや表現することの難しさを思い知らされることがあります。それが象徴的なものになるということなのかもしれません。
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O: 一方で、エジプトの女性やミケーネの人物、ウベマカプノケーキなど、文化的・歴史的に重要なモチーフが含まれていることもあります。モチーフの選定はどのようにされているのでしょうか?
M: 先日、ヴィクトリア朝時代のホテル経営者が所有していた美術館に行ってきました。彼らは世紀の変わり目に世界を旅していて、異国情緒あふれる宝物のスーツケースを100個持って帰ってきたんです。100個!それぞれに歴史を持ったたくさんの品々に囲まれて生活していたなんてとても想像できません。歴史的なものとの私自身の関わりは、美術館を通じて他の人と共有しています。それをモチーフに選ぶことで、写真や引用ではわからないような深い関わり方ができるんです。一人で見ていたら見逃していたであろう何かが必ずあります。
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O: 先ほど、パステルの「純粋な色」についてお話がありました。今回の新作でも色の探求に取り組まれたと思いますが、これまでの色との歩みをお聞かせください。また、今後は何を探究していくのでしょうか。
M: 「ロックダウン」後、大きなペインティングに戻ったとき、色彩と身体的に関わりを持つことができると気がつきました。それは小さなスケールではできないことです。大きな色の窓は、制作中に目の錯覚を起こさせます。長く見つめていると、2つの異なる色面の境界線が曖昧になり、ある種の動的なエネルギーで燃えているかのようになる。こうして生理的に色に試されると、色だけで感じる感覚を思い出します。私は、「シンプルさ」には様々な形があることを学んでいます。表象する形の境にあるこの動的な線を発見したことで、色自体が物語性をはらむことが増えてきました。それが私が次に取り組もうとしていることです!
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スタジオで作業するマリア・ファーラ、2020年 © Maria Farrar, Courtesy of the Artist
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作家について
マリア・ファーラ(1988年フィリピン生まれ、イギリス在住)は、2012年にラスキン・スクール・オブ・アートでBFAを、2016年にスレード・スクール・オブ・アートでMFAを取得。個展に「Too late to turn back now」オオタファインアーツ、東京/シンガポール(2019年)、「Eaves Deep」mother’s tankstation、ロンドン(2018年)、「straits」mother’s tankstation、ダブリン(2017年)、「Marine」Supplement Gallery、ロンドン(2016年)など。主なグループ展に「Post Art Fair」、オオタファインアーツ、シンガポール(2020年)、「Xenia. Crossroads in Portrait Painting」、Marianne Boesky Gallery - Chealsea、ニューヨーク(2020年)、「Day Tripper」、Focal Point Gallery、Southend-on-Sea、エセックス州、イギリス(2019年)、「Ways of Seeing」、Waltham Forest London Borough of Culture 2019、Government Art Collection、ロンドン、イギリス(2019年)、"Present Progressive"、オオタファインアーツ、東京(2019年)、"The Horse"、ダレン・ナイト・ギャラリー、シドニー、オーストラリア(2018年)、"Hypnagogia"、ピッピ・フールズワース・ギャラリー、ロンドン、イギリス(2018年)、"Known Unknowns"、Saatchi Gallery、ロンドン(2018年)、"Pink Density"、Clovis XV、ブリュッセル(2016年)。おもなコレクションに、Saatchi Gallery Collection(ロンドン)、Magdalen College Library University of Oxford(オックスフォード)、AmC Collezione Coppola(ヴェネツィア)がある。