[オオタファインアーツ東京] 私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい: 草間彌生

2021年6月22日-7月31日
  • きらびやかに輝く生の跡

    文・筧菜奈子
  • 壁にずらりと正方形の絵が並ぶ。モノクロームの絵もあれば、黒とピンクなどのツートーンの絵、さらには複数の色を組み合わせたカラフルな絵もある。一枚一枚の絵が見せる表情は実に多様で、それぞれが強い生命力を宿している。床には、ステンレスのオブジェが置かれ、絵はその曲面にいびつに映し出される。空間に踏みいれた私たちの姿も同様である。草間彌生の作品は、私たちの存在を抱きこんで、まったく別の世界へと連れだしてくれる。

  • 今回の展覧会に出展されているこれらの作品は、2009年から制作されている「わが永遠の魂」というシリーズの一部である。2012年に、草間はこのシリーズの作品を1000枚描きたいと語っていたが、それから9年を経たいま、すでに800枚を超える作品が完成しているという。並外れた作品数と、力強い造形に思わず息を呑む。草間は、このシリーズを通じて、一体何を私たちに伝えようとしているのだろうか?

  • Yayoi Kusama
    THE LIVES OF STARS WHIRLING THROUGH SPACE, 2021
    Acrylic on canvas
    130.3 x 130.3 cm
  • このシリーズの絵には、草間が積み重ねてきた生が描かれている。たとえば、展示作品《我が青春への讃歌》(2020)と《赤い夕焼けの空をあおいで未来を描いた私の心》(2020)はともに、草間が1960年代に集中して描いていたネット・ペインティングを思い起こさせる。キャンバスの縁を塗りこんで空間を区切り、細かなネットで全体を覆った作品で、ネットと地色が織りなす表情が美しい。このシリーズの作品には、他にも、水玉や横顔の人物など、草間の過去の作品に描かれていたモチーフが散見されるため、作品を通じて私たちは、草間がこれまで歩んできた生の道のりを感じることができる。

  • それゆえか、このシリーズは生のエネルギーに満ちているとも捉えられてきた。しかし、その生のエネルギーは、実は死に支えられていることを忘れてはならない。同シリーズのこれまでの作品には、たとえば、《私の死の瞬間》(2011)、《死の祭典》(2011)、《永劫の死》(2014)などといったタイトルがつけられていたが、今回の展示にも《死にゆく日は栄光の大地で 愛と命のすべてをもってたたかってゆこう》(2021)というタイトルの作品がある。黒い地を切り裂くように、黄色い線がうねうねと縦横に走っている作品で、線に分割された領域には、橙や赤、黄緑、白、水色の水玉が細かく敷き詰められている。

  • 参考画像:
    • Yayoi Kusama, THE MOMENT OF MY DEATH, 2011

      Yayoi Kusama

      THE MOMENT OF MY DEATH, 2011
      Acrylic on canvas
      162 x 162 cm
    • Yayoi Kusama, RITES OF DEATH, 2011

      Yayoi Kusama

      RITES OF DEATH, 2011
      Acrylic on canvas
      162 x 162 cm
    • Yayoi Kusama, ETERNAL DEATH, 2014

      Yayoi Kusama

      ETERNAL DEATH, 2014
      Acrylic on canvas
      194 x 194 cm
  • 作品がこの世ならざる世界にあることは、床面に置かれたオブジェ《雲》(2019)によっても強調されているだろう。雲は、この空間が天上の世界であることを示していると考えられるのだ。天上の世界、それは死の世界とも言い換えることができるかもしれない。こうした死と銀色に輝く雲の存在は、このシリーズに織りこまれるように詠まれた草間の詩「生命の輝きに満ちて」を思い起こさせる。その一節を引用しよう。

  • 死が何であるかという事を極めるまで走り続けよう。死とはなんだろうか?[……]私にはわからない。まだ死んだことがないから。死については一日一日の積み重ねた『生』となって確かにきらびやかで銀色に輝いているらしい。生から死へと極めてゆくには無限の時の間をかいくぐり続けてゆくものだろうと想像してみる。*

  • ここで草間は、死について「一日一日の積み重ねた『生』となって確かにきらびやかで銀色に輝いているらしい」と想像している。この想像を反映するかのように、絵には、草間が積み重ねてきた生の記憶が描かれ、展示空間の中で、銀色の雲に反射されてきらびやかに輝いているのである。それゆえ、この空間からは、私たちが普通、死に対して抱くような陰鬱さや恐怖を感じることはない。

  • フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールが『象徴交換と死』(1976)の中で述べているように、死を恐ろしいと感じるのは、私たちの社会から死が排除されているからだ。死者の姿は、日常からもマスメディアからも丹念に消されている。その結果、私たちは、死をどう扱っていいのかわからなくなり、生から分断されたものとして死を恐れるようになったのではないだろうか。だが、草間は、死を単に恐ろしいものとしても、生と分断されたものとしても扱っていない。草間にとって死とは、「一日一日の積み重ねた『生』」であり、それゆえに「生から死へと極めてゆく」ことができるものだからである。

  • 現在、世界は死の恐怖であふれている。ニュースでは毎日、死の数が発表されており、そうした抽象化された死が、人々の恐怖心をますます煽っていく。そのような状況のなかで、いかに生きてきたか、いかに生きるのかを、死を思いながら表現した草間の同シリーズは、その重要性を増していくだろう。草間の作品を通じて、私たちは死を具体的なものとして、つまりきらびやかに輝く生の跡として捉えることができるのである。


  • * 草間彌生「生命の輝きに満ちて」『草間彌生 : わが永遠の魂』国立新美術館・朝日新聞社編、2017年

  • FEATURED ARTWORKS

  • 展覧会情報

    展覧会名 : [草間彌生:私のかいたことばに あなたのナミダをながしてほしい]

    会期 : 2021年6月22日(火) - 7月31日(土)
    12:00-18:00 / 日・月・祝 休廊

    会場 : オオタファインアーツ東京

    *完全予約制
    新型コロナウィルス感染予防のため、完全予約制での開催となります。

     

    https://airrsv.net/OtaFineArts-Tokyo/calendarからご予約のうえご来場ください。
    *来場日4週間前から予約が可能になります。